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特集記事 大好きな気仙沼・唐桑から、どうしても伝えたいことがある(気仙沼市・鈴木歩さん)

私にとっての右腕体験2558viewsshares2014.06.12

大好きな気仙沼・唐桑から、どうしても伝えたいことがある(気仙沼市・鈴木歩さん)

特定非営利活動法人ピースネイチャーラボ(宮城県気仙沼市)
右腕:鈴木歩さん

気仙沼市中心部から車で25分ほどの沿岸部にある、自然豊かな唐桑町。ここで生まれ育ち、震災後右腕として故郷に戻った鈴木歩さんにお話を伺いました。故郷で何かしなければという想いに加え、「唐桑の海が大好きだから」という彼女の言葉が印象的なインタビューとなりました。

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― 昨年(2013年)の8月から右腕として故郷で働き始めたということですが、それまではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

ここで生まれて中学卒業までいたのですが、デザインを勉強したかったので親に無理を言って、仙台にある美術専門の高校に進学させてもらいました。大学も山形の美大に行き、大学卒業後は二年ほど体調を崩し地元に戻りましたが、その後デザイナーという夢を追いかけ東京へ。直近は、原宿のど真ん中にある会社で、主にはファッション雑貨のプロダクトデザインからパッケージデザインまで、クリエイティブ全般を担当していました。

― ピースネイチャーラボの説明も併せて、現在右腕としてどのような仕事をされているのか教えてください。

主には、一次産業に携わる方が六次産業化できるまで商品企画販売をお手伝いする事業。今後は、唐桑の自然を生かし、この環境だからこそ出来る体験授業を企画しています。後者の事業は今のところ地元の子どもを主な対象としていて、カヤックや木登りなど、まさに自然を体感する授業。現在の私の日々の仕事としては、一週間の半分は生産者さんたちと直接話し合って商品企画を行い、残りの半分はデスク作業で文章やデザインを考えたりしています。

― 何をきっかけに地元に戻ろうと思ったんですか?

震災が起きてからすぐ3月後半ぐらいに実家に戻ったのですが、家も流されて何もなくなった状況を目の前にしたときに、東京でのデザインの仕事に対して「これって今本当に必要なことなのかな?」と思ってしまったんです。そして、今いる自分の状況、気仙沼の状況とのギャップから胸につかえるものがありました。
それからは自分が出来ることと被災地で求められていることで何か繋がりを持てるものが無いかを探しつつ、被災地でデザインの仕事をボランティアとしてやっていて、戻った時のための繋がり作りもしていました。そんな時知人からETIC.のマッチングフェアのことを聞き、参加してみようと思ったのがきっかけです。そんな活動を続けて行くうちに、海と共にあった幼少期、その頃から身近にあった海辺の風景。今はもう見えなくなっても、今も尚残る唐桑の文化や風土、人々の暮らし、たくさん残して、伝えていきたい、大好きなこの町に帰りたいという気持ちが強くなりました。

― そうすると、マッチングフェアに行くまで地元・唐桑での右腕プログラムがあるなんて知らずに参加されたということなんですね?

そうなんです。マッチングフェアでピースネイチャーラボの松田さんに会い、しかもその募集内容が「唐桑」×「クリエイティブ」ということで、“私のためにある仕事だ!誰にも譲れない!”と瞬間的に思いましたね。もうこれしかない、と。来るべきタイミングで帰るべき場所に戻って来れた、そんな感じです。

― 原宿のど真ん中から地元の唐桑に戻られたということで、かなりのギャップがあったことと思いますが。

確かに、ものすごくギャップがあるのは事実ですし自分にとってもかなり大きな決断でしたが、なぜかわりと自然に戻ることができたんです。そして今だからこそ感じる地域に根ざしたクリエイティブの重要性とギャップ。地域でこれだけ必要とされている若者やデザイナーは、仕事やチャンスを求め東京や海外に地方から出て行きます。高速回転でトレンドと消費を追いかけるように、日々多くのクリエイティビティが求められ、厳しいデザイナー同士の競争の中、いつしかデザインを毎日大量に生み出すことが仕事となり、疲れきったデザイナーの方々もたくさんいました。私も、その一人でしたが(笑)。
必要とされる地域で、物や伝える対象は変わっても、デザインという自分の仕事は「伝えること」に変わりはない。ここに戻ってからの方が、何か大切なものを見つけられる、今だからこそ強く思います。

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  ピースネイチャーラボの工房前にて。ここで加工品などを製造しています。

― 大変な状況になってしまった地元に戻ってくることに対して、ご両親や周りの方はどんな反応でしたか?

約10年、東京でデザインの仕事をしてきて、ようやく築きつつあった自分の“キャリア”を捨てるようなことをしていいのだろうかという不安は少しありました。両親も、私が自分で決めたことを曲げない子だというのはよく知っているので、反対はしなかったですが、やっぱり不安ではあったと思います。でも今は逆に背中を押してもらっていて、本当に有難いことです。

― 右腕として地元に戻ってきて良かったと思っていますか?

はい、120%良かったと思っています。

― 具体的にどういう点でそう思いますか?

東京で働いていた時は「ものありき」ではなく「消費ありき」のデザインしかできていなかったということに、ここへ来て気がつきました。生産者さんが大事にしている想いとかその“物”にまつわるストーリーとか、きちんと話し合って心から理解した上で、ようやく本来の商品価値として再定義出来る。それをいかに外への発進力となりうるか。本当の意味での「伝え方」を今ここで学ばせてもらっています。もちろん、最初は自分が戻ってきて良かったと思ってもらえるか心配だったのですが、今ではたくさんの方からデザインや伝える手段の相談を受けるようになりました。

― デザイナーとして、たくさんの気づきがあったんですね。では、右腕として、人として戻ってきて他に何か気づいたことやご自身の変化ってありますか?

ありますね。考え方も食も人付き合いも、全てがシンプルになりました。ここで育った人間にとって当たり前なことが、本当はものすごく贅沢で素晴らしいことだったんだって気づけました。田舎でよく言う「何もない」って、全く「何もない」じゃないんですよね。例えば、ここって未だに物々交換の文化が普通に残っているんです。知らない間にドアノブにお魚がかかっていて、誰からか知らないけどそれを料理して食べて、三日後くらいに誰々さんからだったと知る、なんていうことは日常茶飯事です。これって、「何もない」ではなくて「何でもある」ですよね。

私は小さな漁港の目の前で育ちました。悩み事や考え事をするならここという感じでお気に入りのスポットが自分の中で決まっていたのですが、津波で全部なくなってしまいました。それは本当に悲しいことでした。でも、だからこそ自分が大好きだった黄金時代の風景とこの気候風土と、震災で起こったこと全てをひっくるめてここから伝えていくべきなんだと思いました。

― それはとても大きな気づきですね。右腕としてここで働くということは、鈴木さんの人生においてどんな意味を持っていると思いますか?

人生で考えるべきことに集中し、また考えていけるスタート地点に立ったという気がしています。今までは準備期間だったのかもしれないけど、これからが本格的なスタート。失敗も成功も多々あると思いますが、そのチャンスをいただけたと思っています。

― 右腕派遣期間終了まであと3ヶ月くらいですが、その後のことは決まっていますか?

有難いことに、ピースネイチャーラボで、このまま継続して仕事をすることが決まりました。

― 今後のことも決まっているということで、やりたいことや挑戦したいことを考えられる状況なんですね。

そうですね。やっぱり自分にとっては「海」がテーマだと思っています。今は津波に流され、目に見えなくなった幼少期の海辺の風景。大きな港、古き良き漁港、河口や湿地、そしてビーチ。
東北の、全国の、そして世界中の海辺に様々な自然や人々の文化がきっとあるはず。あれだけの震災があってまだあまり大きな声では言えないことなのかもしれませんが、海から受けた恩恵や海への感謝の気持ちなど、素直に自分に正直に伝えていきたいです。

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森と海に囲まれた、唐桑のリアス式海岸。

(撮影: 特定非営利活動法人オールラウンドヘリコプター)

― では最後に、これから右腕プログラムに応募しようと検討している人に対して何かアドバイスや伝えたいことがあれば教えてください。

右腕と聞くと、代表がいてその隣で側近のように存在するようなイメージですが、そうではなくて自分ごととして関わらないと心が折れてしまうことも多々あると思います。右腕として入った“地元”にいかに密着するか、“地元”を知ろうとする気持ち、あとはそこが好きであることが大事でしょうか。いや、シンプルにただ「好き」であることが一番大事なのかもしれません。私はたまたまUターンだったけど、I ターンの強みは絶対にあるはずで、外から来た人間としてその土地のことを知らないからこそ見えてくることがあるはずです。

とっても天気の良い午後、外のテーブルと椅子に腰掛けてインタビューをさせていただきました。真っ青に晴れた空のように、晴々とした鈴木さんの表情が印象的でした。鈴木さん、お忙しいなかありがとうございました。

聞き手・文:一般社団法人APバンク運営事務局 (本稿は一般社団法人APバンク様より寄稿頂きました)

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