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特集記事 悔しさを原動力に、一歩ずつ歩む

私にとっての右腕体験2676viewsshares2012.09.18

悔しさを原動力に、一歩ずつ歩む

石巻市牡鹿半島を中心に、地元の女性たちと手仕事づくりとコミュニティづくりの活動をおこなう「つむぎや」。牧浜の女性たちとは2011年9月から週に2回、鹿角を使ったアクセサリー・OCICAの制作ワークショップをおこない、鮎川浜では漁協の女性部有志チーム「マーマメイド」の皆さんと2012年7月から「ぼっぽら食堂」を始めています。この「つむぎや」で1年間、右腕として活動した鈴木悠平氏。2012年8月、一年間延期していたアメリカへの留学に出発する一週間前に、あらためて話を聞きました。活動開始前2011年7月のインタビュー記事はこちらをご覧ください。【地域の未利用資源活用とコミュニティ再生プロジェクト(つむぎや)・右腕・鈴木悠平】

―どんな一年でしたか?

早かったですね。去年の7、8月は、牡鹿半島の浜を回りながらボランティアをし、地元の方たちにお話を伺っていました。自動車免許がなく教習所に通いながらの活動だったので、石巻に来たものの、役に立てていない感がありました。そのあとはしばらく自動車学校に通いながら活動していました。

9月に入って、いくつかの動きがあり、だんだん牡鹿半島の方々とお話する機会が増えてきました。1つは、台風です。牡鹿半島の先端に位置する新山浜では、土石流などの被害が大きいと聞いて、すぐ手伝いに駆けつました。これがきっかけで、鮎川浜・新山浜の「マーマメイド」のお母さんたちとゆっくりお話をする機会が増え、だんだんと打ち解けてゆきました。もう1つは、牧浜のお母さんたちとの出会いです。齋藤睦美さんと、いくつもの浜を周る中で、牧浜の区長である豊島富美志さんと出会い、彼のご紹介で浜のお母さんたちと出会いました。津波により牡蠣剥き工場が破壊され、彼女達の仕事が失われてしまったことがこの浜の問題でした。そこで、集会場で集まって鹿の角を使ったアクセサリー作りをやってみよう、ということになったんです。

11月にはアメリカにある建築系NPOからの建築費用の助成金が決まったことと、デザイナーの太刀川英輔さんと進めていたOCICAのプロダクトデザインもまとまってきて、色んなことが形になりそうな予感がして。12月のふりかえりを兼ねた忘年会では、OCICAを一緒につくっている牧浜のお母さんたちから「みんなに会えて楽しい」、「この場があってよかった」という声が聞けて、最初の立ち上げが一段落した気分でした。

ソトコトのオンラインショップでのOCICAの販売がオープンし、取扱いの店舗が少しずつ増えたこともあり、年明けからは、売上目標や生産管理、作業工程の効率化を考えながら、自分が右腕としての活動を終了した後に、残っていく仕組みを設計する仕事が増えました。

ーどちらかというと楽しみで作っていたお母さんたちも、少しずつ仕事としての制作という意識になったということですか?

今年はじめのOCICAのワークショップ(制作作業)のあと、新年の抱負をお母さんたちに聞いたら、「買ってくれる人に恥じないように、もっといいものをつくりたい」、という言葉が出たんですね。それに賛同するお母さんも多くて。それを聞いて、僕らも「まだまだいけそうだな」と思ったし、毎月これくらいはつくれるといいですよね、とじわじわ話をしたり。ワークショップ後は、お茶飲み会の時間をとるんですが、その場で、「ここの過程をこういうふうに工夫すると早くできる」、「こんな道具を使うとやりやすい」などそれぞれの気づきをシェアするようになりました。僕らも新しい発見がたくさんあるので、この時間は、すごく大切ですね。

ーあっという間の1年でしたね。

最後の仕事は、OCICAのことをまとめた本づくりになりました。いろんな専門の方との協業により、制作ワークショップの様子を写真に撮りおさめ、メンバーやデザイナーそれぞれの目線でコラムを書いてもらったものを編集し、OCICAを扱ってくれているお店の様子も紹介しています。9月中旬には、本になって届く予定です。2000冊しかないのですが、OCICA販売店舗で9月下旬から先行販売する予定です。(詳しくは「つむぎや」のFacebookページをご覧ください。)

本をつくる過程で、関わるメンバーそれぞれの目線からみたOCICAを確認できたことは、とても楽しかったです。なんというか、OCICAという商品が物語を紡ぎだした、ひとりでに動いていった感じがあるんです。僕らが素材を選び、デザイナーの太刀川さんと商品デザインを練って土台は作ったけれど、そこから先は、思い入れを持ってくださる人があちこちにいたことで、自然に拡がったというか。

ーなんで、自然に拡がるんだろう?

はっきりとは分からないのですが…関わってくれるそれぞれの方が、自分事としてOCICAを捉えてくれていることが大きいのだと思います。誰に頼まれるともなく、それぞれが自分なりに考え、持てるものを差し出し合っているような感覚があります。取り扱ってくださっているお店も、ソトコトの記事やリーダーのインタビュー記事を一緒に紹介してくれるなど、ディスプレイに工夫してくれて。お店をやっている人たちは、なかなか店を離れてボランティアに来たりすることはできないから、せめてこういう形で貢献できれば、と言ってくれます。情報や物語とセットで完成する商品だということをわかってくれているのは、本当にありがたいですね。

ーそうした方たちも、大事な仲間ですね。関わっていたお母さんたちから、右腕を卒業する上でどんな言葉をかけられましたか?

「マーマメイド」のリーダーのチエさんからは、「涙なんかもったいないから、流せねーよ!」と冗談交じりに言われたんすけど(笑)。別のお母さんのひろみさんは、去年の台風の日に僕がすぐに駆けつけたことを覚えてくれていて、最後の挨拶をする時に、思わず一緒に泣いちゃって。それから、「日本に帰ってきたら、真っ先に寄るんだよ、あんたの宮城の母だからね。」って言ってくださったのは、かずえさん。

ーどなたの言葉も、愛情が伝わってきて、嬉しいですね。この1年で、何か自分に変化はあったと感じていますか?

たいていのみんなには、変わったと言われますね。デザイナーの太刀川さんからは、短い関わりの中でも変化が見られたって言われたことが印象的です。友廣さんにも、「最初来たときは、こいつ大丈夫かなと思ったけど…」、なんて言われています(笑)。

逆に、ボランティアで手伝っていた木の屋石巻水産の木村優哉さんからは、「いやぁ、悠平くんは最初からずっと変わらないよ。」とも言ってもらって。それぞれの切り取り方の違いだと思うのですけど、きっと優哉さんは、自分の心根のようなものを見て言ってくれたのだと思います。変わり続けること、変わらないでいることの、そのどちらも大切にしたいと感じています。

自分でも変わったなと思ってるのは、特にコミュニケーションをじっくり丁寧に出来るようになったことでしょうか。地元の方々や、商品を扱ってくれているお店の方とのやりとりなど、少しずつよくなっていってと思います。直接会ったことがなく、メールで商品のやり取りをしていた方もいるんですが、出国前の退職のご挨拶をした時に、「お会いすることは出来ませんでしたが、文章からお人柄がにじみ出ていました」と言っていただけたことがあって、やっててよかったなぁって。

ーこの1年、チームメンバー以外にもたくさんの人と関わりがありましたね。

そうですね。チームメンバーはもちろん、デザイナーの方々からも大きな影響を受けたと思います。一緒にお仕事する中で、仕事のアウトプットへのこだわりや、それを可能にする方法を考えぬく姿勢に刺激を受けました。一緒に浜に行ってお母さんたちに会ったりすると、物腰がやわらかで、話し方がすごい丁寧なんです。近くでその仕事ぶりを見せてもらって、勝手に感動したり、勝手に反省したりしていました。

ー実務経験がない学生でも、東北で役に立てるという実感はありますか?

たぶん、学生かどうかはあまり本質的なことではなくて、自分の現状を素直に受け入れて足を進められるかが重要なのかな…と感じます。若いと、どうしても経験不足ゆえに、出来ないことも多いと思うのですが、他人と比べたり、無いものねだりをしたって、「足りない」という事実は変わらない。だからこそ悔しいのですけど…その都度その都度、具体的に今自分が出来ることをやっていくしかない。「学生だから出来なくても仕方ない」という甘えとは違って、良い意味での開き直りというか…自分の現状を、まず素直に「認める。」そこから「じゃあどうする?」と考えて、足を進める。それをずっと繰り返す…そうなってくると、学生だとか、新卒だとかいうことは関係がなくなってくる。

ー開き直れたタイミングっていつ頃ですか?

11月あたりに東京に帰った時に大学の同期と飲んだんですよね。お互い、卒業して新卒一年目での社会人経験だから、「日々、自分の未熟さを痛感するなぁ…」としみじみ話したりして(笑)。「まぁ、粛々と頑張りますか。」って励まし合って、この時、「あぁ、もがいてるのは自分だけじゃないんだなぁ」ということが分かり、少し気が楽になりました。

…まぁ、結局悔しいものは悔しいので、その悔しさが一番の原動力であったことは変わらなかったんですけど(笑)

ー一緒に仕事していたメンバーに、メッセージをお願いします。

うーん。たくさん悔しかったですけど。めっちゃ楽しかったし、めっちゃ楽しかったのが、さらに悔しいんですけど。笑 どうもありがとうございました。

この1年で、自分の仕事をつくるということ、ゼロから考えて物事を組み立てていくことの難しさ、そして楽しさを学びました。自分の足でしっかりと生きてゆけるだけの気概と実力を、大学院を出るまでに身につけていかなければと思っています。成長して、アメリカから帰ってきます。

聞き手・文:辰巳真理子(ETIC.スタッフ)

■過去のインタビュー

42万個の泥だらけの缶詰を1つ1つひろう。(2011年7月6日)

1対1の支援をつむいで、牡鹿ブランドを育て上げる。(2011年12月27日)

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