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特集記事 今、福島で起きている問題とは

リーダーがビジョンを語る13721viewsshares2012.03.19

今、福島で起きている問題とは

宮城県・岩手県とは異なる課題を抱える福島県への右腕派遣が、福島大学災害復興研究所、一般社団法人ふくしま連携復興センターとNPO法人ETIC.の協働によって今春からスタート。福島大学災害復興研究所のメンバーであり、ふくしま連携復興センターの代表理事の1人である丹波史紀先生やスタッフの鎌田千瑛美さんに、福島で起きている問題について伺いました。【ふくしま連携復興センター:丹波史紀/鎌田千瑛美(1)】

-まず、お名前と現在の役割を教えていただけますか?

丹波:丹波史紀です。福島大学の教員で、ふくしま連携復興センターの中では3人の代表理事のうち1人をつとめています。

鎌田:鎌田千瑛美と申します。今は福島の連携復興センターの事務局を担わせていただいており、昨年末まではNPO法人ETIC.の震災復興リーダー支援プロジェクトの福島右腕派遣の構築に携わっていました。

-なぜこのプロジェクトに取り組んでいらっしゃるのか、経緯をお聞かせいただきたいです。

丹波:もともと新潟県中越地震のときに、山古志村の避難所の支援をずっとやっていました。今回は福島自身が大きな被災地となり、なおかつ原発事故があって、見通しがたたない避難生活をしている人の問題や子供たちの健康をどう考えたらいいかという課題がたくさん出てきている。大学の教員として復興に携わるという形がまずありますが、大学も関与しながら県内のNPOなどの活動が持続的な活動ができるようにするためのネットワークづくりや組織づくりを支える必要があるだろうと思って。言いだしっぺでもありますので今は代表理事をやっていますが、僕がでしゃばるというよりも、それぞれのNPOの人たちが力を発揮していく、場合によっては外部の人たちと繋がっていく。そういうプラットフォームを作っていく必要があるなと考え、取り組んでいます。

―ふくしま連携復興センターの代表理事だけでなく、福島災害復興研究所の運営にも携わっていらっしゃいますよね。そちらはどういった経緯なのですか。

丹波:2004年の中越地震での支援の経験などもあり、ボランティアやNPOなど市民セクターの力が被災地にとってはやっぱり大事だと実感していて。でも原発事故があって、福島にはなかなかNPOやNGOが入ってこない。そういう中で、地元の国立大学として地域に対しての役割を果たしていかなきゃいけないと考え、大学の教員のプロジェクトとして、災害復興研究所をまず4月の上旬に有志で作ったんです。ただ、研究所といっても調査研究をやったりするだけではなくて、被災者に対しての直接の支援を行ったり、自治体が復興計画をつくるのをお手伝いしたり、NPOやNGOとネットワークづくりをして被災者への支援を効果的に進めるための仕組みをつくったりもしています。そのためにはみんなで一緒にやった方が効率がいいなと考えまして、研究所で呼びかけて7月に連携復興センターが出来ました。

-連携復興センターの役割についてどのように考えていらっしゃるか、もう少し聞かせて下さい。

丹波: NPOやボランティアに対する予算ってたくさん用意されているんですね。だけどNPO側からすると、きちんと企画書として出せるための情報収集や企画立案やマネジメントが出来るかというとそういう余裕はない。そういったときに、政府と協力しながら情報提供したり、企画書づくりをお手伝いしたり。活動を持続的にやっていくためには、政府や自治体、民間や財団から資金を獲得していく必要がありますが、日々の活動の中でやりきれないところはたくさんあるわけです。そういったときにサポートを担うのが連携復興センターの本来の役割なのかなと思いますね。

-今現在はどのような問題が起きているんですか。

丹波:たとえば福島県から県外に6万人が避難していて、東京の東雲住宅には約1000人の避難者がいます。その中には、浪江町の人も南相馬市の人も福島市の人もいて、住民登録は福島にまだ置いてあったりする。そうすると、被災者が行政の情報を得たり東雲で支援を受けたい場合に、「それだったら住民登録のある南相馬市に行ってください、福島市に行ってください」ってバラバラになっちゃうわけです。あとは、例えば警戒区域の中の子どもが県外に避難していったら、通常は認可保育園に入ります。けれど自主的に避難した郡山や福島の人は、「あなた勝手に行ったんでしょ」ということで無認可の保育園しか入れません。同じ県外避難者なんだけど、行政によって対応が違っているんです。県外避難を支援している団体はたくさんありますが、それらの横のつながりも全くありません。

-みんなバラバラというのは大きな問題ですし、すごく特殊ですね。

丹波:バラバラな人たちをどう繋ぐかがカギで、福島の人と避難者を受け入れている自治体やNPOとが協力しないといけないんです。福島の状況をきちんと伝えたり、県とか避難先・避難元が自治体間連携をしてサポートができるようになったらいい。たとえば、災害救助法では2年3ヶ月しかみなし仮設住宅には住めなくて、多くの人たちは「2年で出てくださいね」って行政から言われている。でも「警戒区域のような年間50mSV以上の場所は、5年以上にわたって帰れません」とも言われているし、すぐに戻りたくても戻れないんです。それどうするの、という話になる。そういう課題をきちんと行政や政府に対して伝えていかなければならない。県外に避難している人たちがどういう状態なのかということをうまく掴みながら、県外のNPOとうまく連携して、政策に繋げていく仕組みをつくらなければならない。たとえば、「みなし仮設住宅は2年ではなくて、3年4年入れるようにしましょう」とか、「警戒区域内の13市町村だけでなくて自主避難者と呼ばれる人もわけへだてなく入れるようにしましょう」とか「自治体間でバラバラになっている対応を統一しましょう」とか。子どものサポート事例などを集めて、県外避難しているお母さんたちに情報共有していくことなども必要です。

-宮城とはまた違った問題があるのですね。

丹波:宮城県でも80%くらいは通常のアパートにみなし仮設として入っています。福島も宮城も、仮設住宅に入っているのは2割くらいしかいないんです。で、被災者の支援というと、見えやすいから、みんな仮設住宅にボランティアに行く。1人暮らしの仮設のおばあちゃんのところに、朝は保健師、昼は社会保健福祉施設の職員、生活支援相談員、夕方はボランティアが「お元気ですか」って行くわけですよ。一方では、みなし仮設と呼ばれる通常の住宅には全然情報や支援がいかない。みなし仮設に住んでいる人たちは地域に点在しているわけですが、そういう人たちがどう地域と繋がれるようにするかとか、必要な支援をうけられる体制をどう作るか、自治体がどういうふうにサポートするか、その構図は似ている部分もあるのかなと思います。

―ちゃんと情報を整理したり繋げたりと、中間支援組織の役割が非常に大切になってきますね。

鎌田:「なにか福島の支援をやりたいけど、どこにいったらいいかわからない」ということは本当によく言われますし、窓口が宮城岩手以上にわかりづらい状態ですね。福島は、放射能に対しては何十年と続く問題なのにも関わらず、東北の中で最も支援が行き届いていない。ニーズをきちんと吸い上げて、県外や行政や各現場と繋ぐ役割がすごく必要とされています。

(続編へつづく)

聞き手:中村健太(みちのく仕事編集長)/文:田村真菜(みちのく仕事編集部)

■インタビュー記事の続編はこちら:当事者として、福島との関わり方を考える ■右腕募集情報:福島大学災害復興研究所

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