リーダーがビジョンを語る
「新しい働き方」をデザインする工房。 ローカルベンチャー起業家特集Vol.2
気仙沼の市街地から10分ほど。中心部の賑わいが嘘かのような豊かな里山が広がる地区に、お母さんと子どもを中心に広がるピースフルな空間があります。
「育児」と「仕事」、そして「地域コミュニティ」――。これまで分断されていたこれらの要素を融合した「新しい働き方」を生み出すのは、特定非営利活動法人ピースジャムです。現在、右腕となる人材を募集中のピースジャム理事長の佐藤賢さんに話を伺いました。
●ピースジャムの右腕募集要項:http://michinokushigoto.jp/project/8862
—まず、ピースジャムがどのような活動をしているのか教えてください。
私たちは、「PEACE JAM」というジャム、「ベビーモスリン」という子育て用万能布の製造販売を通して、地域のお母さんの雇用支援を目的に事業を行っています。子育てと仕事を両立できる場をつくるために昨年9月にオープンした工房では、現在、妊娠中から乳幼児までのお母さん10名が働いています。ジャム工房と縫製加工場の間にあるキッズルームで子どもたちの姿を見ながら安心して仕事に取り組んでもらっています。
さらに、地域を巻き込んだマルシェなどの交流イベント、ベビーヨガやママ向けのワークショップも行なっています。こうした活動を通して、地域で子どもを見守りながら育てていく環境を生み出していくことが目的です。
—このような事業を行なおうと思ったきっかけはなんですか?
気仙沼出身の私は、震災前に地元に戻ってバーを営んでいました。そんななか起こったのが東日本大震災。津波により店舗を流出しました。さらに、当時私には、1歳に満たない娘がいたため、オムツやミルクが手に入らない状況に陥り困惑していました。また、同じ状況で不安を感じて困っているお母さんたちを目の当たりにしたんです。
そこで任意団体をつくって、子どもとお母さんのニーズをヒアリングしながら、物資の供給の支援活動を行なっていました。
その活動をしていくなかで気付かされたことがありました。それは、お母さんになると、働きたくても働けなかったり、一人で家事育児に追われることになり、社会的に孤立してしまっているということ。外とのつながりがなくなり、孤独に陥ってしまっているのです。
これは震災前からもともと地域にあった課題が表面化しただけなんですね。だったら、「育児と仕事の時間を共有する場」を作ろうと。たんに働く場所としてだけではなく、そこにいる人たちが支えあい、仲間となるような場。それが私たちの工房です。
—ジャムや縫製の「モノ作り」のための工房であるだけでなく、新しい「働き方」を実現するための工房でもあるということですね。
そうなんです。この工房が作っているのは、ジャムやベビーモスリンだけでなく、「工房の中で子育てしながら働く」という「新しい働き方」です。今まで、1つの場の中では交わることのなかった、育児と仕事の両立です。
そして、ここでの主役は、あくまで働くお母さんたちです。そのために私たちが考えているのは、効率ではなく、お母さんが働きやすい場をつくること。育児期のライフスタイルにあわせたフレキシブルな仕事の時間設定や、子どもを常に見ながら仕事ができるスペースを作りました。育児だけ、仕事だけ、ではなく2つを両立することで、お母さん同士の関係もより深いものになっています。仕事の支えあいはもちろん、育児の情報交換、不安や不満の共有まで、この場所がお母さんたちにとって貴重な場になっていることを実感します。
お互いを尊重し、仕事も育児も支えあうことで前向きに生きるお母さんたち。「ピースジャム」という団体名に込められた、「ジャムセッションのように一人ひとりがそのよさを最大限に生かして、すてきな空間をつくりあげていきたい」という思い。それを、お母さんたちが自然と実現してくれているんです。
—「工房の中で子育てしながら働く」という「新しい働き方」を実践しているお母さんの反応はいかがでしょうか?
「母親としても成長できる場になっている」、「仕事仲間であり、ママ友でもある仲間ができるのがうれしい」という声や、子育てをしながら働ける場所があるということから、「安心して出産できます」という声もいただいています。そうした言葉を裏付けるかのように、ここはまさにベビーラッシュ。少子化なんて言葉が信じられないくらいです(笑)。
地方では人材不足が叫ばれていますが、そうした地域こそ、このような働きたいお母さんの雇用をすすめるべきだと思っています。フレキシブルな時間設定や、ちょっとしたスペースなど、環境さえ整えば、お母さんは大きな戦力になります。それは、企業が有能な人材を確保できることを意味します。さらに、「雇用」を通して地域づくりにもつながっていくと思います。まさに、ここでやっている「新しい働き方」をモデルとして、ほかの地方にも波及できるのではないかと思っています。
—新しい働き方のモデルは確立しつつあるように思えますが、現在の課題などはありますでしょうか?
ここで働きたいというお母さんがいても全員雇用できるかといったら、それはできない状況です。そのために、今ある商品をさらに磨き上げ、販路の拡大をしていくことが課題です。これまでは場所を借りての製造だったので安定的な生産ができませんでしたが、昨年工房がオープンしてからは、通年で製造が可能となり、売上規模も、工房オープン後の半年間で5倍に伸びました。今後も売上げを伸ばして、しっかりと利益を出し、一人でも多くのお母さんが集える場所を作っていきたいですね。
とくにベビーモスリンについては、国産の生地を使い、ハンドメイドで製法にもこだわった商品。品質のよさでもほかにはない強みを持っています。国内の百貨店などのほかに、海外への展開も始まっています。さらに販路を拡大していきたいです。
—より多くのお母さんにとっての社会的な寄る辺となれるといいですね。団体としての今後の展望などはありますか?
今まで取り組んできた「仕事と育児の両立」ということに加え、さらに「地域コミュニティ」の要素を取り込んでいきたいと思っています。理想は、「地域住民が一体となって、子どもを育てていけるようなコミュニティ作り」です。
気仙沼は、2014年に過疎地域に認定された地域です。自然と核家族化し、独居老人の割合も多く、年代を超えた地域のコミュニティ構築が非常に困難になっています。それが、母親の子育ての負担増加にもつながっているのです。
だったら、年齢も立場も横断してみんなが集える場所をつくればいい。そうした思いから、充実した遊具のある公園、秘密基地感覚で楽しめるツリーハウスなど、大人の自分たちでも思わず興奮できちゃうような施設を今年の8月にオープンしました。さらに、9月には工房内にカフェのオープンも控えています。これらの施設を拠点として、「育児」と「仕事」そして「地域コミュニティ」が交わって、横断的なコミュニティが作られていくことを夢見ています。そしてこの場所に、お母さんも子どもも、そして地域のお年寄りも、みんなの笑顔が生まれていくといいですね。
—商品販路拡大やコミュニティ形成など事業が多岐にわたるなかで、右腕の方に期待することはなんでしょうか?
団体を運営していくにあたって必要な経営管理や、「PEACE JAM」や「ベビーモスリン」の商品開発、ブランディング、販促など右腕となっていただく方といっしょに取り組んでいきたいことはいっぱいあります。また、今後は地域コミュニティ形成のためのイベント企画などで団体間、企業間連携などもいっそうすすめていくことになると思います。そのときに、いかに住民を巻き込んでいけるか、を常に頭に入れながら計画実行していってもらいたいですね。
ただ、そうした技術的なスキルというよりも、ここにいる母親や子どもたちや地域の人々と楽しくやっていきたいというマインドをいちばん大切にしたいと思います。ここに集う、子ども、親、スタッフ、そして地域の人とどんなシナジーが生み出せるのか、ですね。
子どもや親、そして地域の成長を肌で感じながら仕事ができることはやりがいを感じられると思いますよ。
ー佐藤さん、ありがとうございました。
●ピースジャムの右腕募集要項:http://michinokushigoto.jp/project/8862
(書き手・写真:浅野拓也)