私にとっての右腕体験
リサーチャーから新規事業を生み出す側へ。キャリアとしての「右腕」Vol.1
「10年後の日本のモデルがここにある」。3.11を機に、スタートアップと社会実験的プロジェクトが集積する東北。そこには、人口減少・成熟社会における多様な地域の仕掛け方が詰まっています。
そんな東北でのチャレンジを提供する「右腕プログラム」の参加者は、4年間で215名以上にもなる。右腕は、1年間の有期のプログラムだ。参加者は右腕プログラムを通して、何を感じ、何を見つけ、成長していくのか。3名の紹介を通して右腕プログラムとキャリアについて考えてみたいと思います。
トップバッターはNPO法人郡山ペップ子育てネットワークで新規事業を立ち上げた工藤里志さんを紹介します。
リサーチの仕事は天職。開発の仕事をしたい気持ちに。
―今日はお時間をいただき、ありがとうございます。まず、団体(NPO法人郡山ペップ子育てネットワーク)の右腕になられた経緯を教えてください。前職はリサーチ会社とお聞きしました。
工藤:新卒でリサーチ会社に入社し約6年働きました。そのうち5年ぐらいは教育業界のクライアントを担当していました。さまざまなアンケートやインタビューを通して、都市部の子育てをする環境は過酷だなと感じていました。たとえば、母親が職業を持ちながら子育てを両立させなければいけなかったり、子どもは公園でボール遊びができなくなってきていたり。教育以外のクライアントの担当になったことから改めて教育や子育てに向き合ってみたいと思い、教育系の民間企業などの転職先を探していました。そんな中、たまたまFacebookで見た右腕を紹介するイベントに参加し、当団体のお話しをうかがい、右腕に採用されることになりました。
―新卒で就職先を選ばれたときのことを少しお聞かせください。リサーチ会社を選んだ理由は。
工藤:マーケティングや商品開発の仕事をしたいと思っていました。ところが、メーカーでは20代からマーケティ ングに直接かかわる仕事はなかなかできないと聞いて、よりマーケティングに近い経験が積めるリサーチ会社に就職しました。リサーチの仕事は天職と思うくらい楽しかったのですが、仕事の性質上、提案しておしまいになってしまうのですね。本当はその先の開発がやりたい、コミットしたい、経験してみたいと思っていました。当法人の右腕募集のとき、新規事業を創れる人を募集していたので、チャレンジしてみたい領域だったということもあって手を挙げました。
団体に集まった知見を、WEBで共有する新規事業を立ち上げ。
―郡山ペップ子育てネットワークで今ご担当されているお仕事は。
工藤:新しいWEBサービスを立ち上げています。PEP Kids Schoolという子育てに関する様々な情報を動画にして配信するサービスです。当法人が郡山市より運営受託している「ペップキッズこおりやま」ができたときに各方面のオー ソリティの知見をたくさんいただき、日本中から子育てに関する情報が集まっていたという経緯があります。それを郡山だけにとどまらせず、日本全国に広く展開できないかと考えました。リアルでの展開は難しいので、Webを使えば、われわれがお預かりした知見をもって全国に恩返しをできるのではないかと考えました。
―どんな方がチームとして関わっているのですか。
工藤:郡山で起業しているIT分野に強い同僚と2人のチームでにやっています。彼が最初にアイデアをもっていて、私が入ったことでプロジェクトが動き出しました。私自身は、主にサービスのコンセプト、リサーチを担当しています。システムの開発は東京在住のエンジニアの方に関わっていただいています。
―お仕事は楽しいですか。
工藤:転職するきっかけになった想いである、リサーチから先のすべての工程をやらせてもらっているので、楽しくてしょうがないです。デスクサーチしながら困りごとに対応する機能を追加したりして、少しずつ形になっていく。新鮮です。
―新しく事業をつくるわけですから大変なこともあるのではないですか。
工藤:2人しかいませんから、まあ大変です(笑)。自分たちがやっていることがずれていないか気になってしまって。そういうときは、まわりの方たちのアドバイスをききながら、改善しています。
NPO×専門家×企業による子育てのプラットフォームを。
―子育てに関するサイトはたくさんありますが、PEP Kids Schoolの特徴はどんなところにありますか。
工藤:小児科医である理事長が、みなさんからの子育てに関する質問について、動画でわかりやすく解説しているところですね。また、われわれには子どもたちの遊びについて現場で培った知見もありますので、この2つのコンテンツがまず「バリュー」になるだろうと考えています。あと、これらの企画をNPO法人が実施しているということもあり、企業も参加しやすいのかなと。現在も5社の方にご協賛いただき、動画を提供していただいています。
子育て中の私の妹も、わからないことがあると、とりあえずWEBで調べるらしいんですね。妊娠期から3歳ぐらいまでの子育てのことについて、Webで 検索できたり質問できたりすることが、今後とても重要になるんじゃないかと思っていて。既に個人対個人のやりとりを繋ぐサービスはあふれていますので、1つの場所に信頼性の高い情報をまとめることに「バリュー」があるだろうと思っています。
―子育てのプラットフォームということですね。
工藤:はい。このプラットフォームにいろんな子育て関係者に参加してもらいつつ、われわれも動画を提供していくという形です。
やりたいことができる場所が、たまたまNPO法人だった。
―こちらの団体以外にもさまざまな選択肢がある中で、選ばれたのはどうしてですか。
工藤:まず自分がやりたかったマーケティングや事業開発をトータルにチャレンジできるということ、関心があった子育て領域にかかわれるということ、そして規模が小さいため、自分一人で担うことができる領域が広いということに魅力を感じました。
―1年間とはいえソーシャルセクターで働くことに対して、不安や迷いなどはありませんでしたか。
工藤:ソーシャルセクターに飛び出すことに迷いはなかったです。新しいことにチャレンジできるわくわく感の方が大きかったですから。NPO法人で働くことに対しても、ニュートラルなイメージを持っていました。自分のやりたいことが一致したのがたまたまNPO法人だっただけで、ネガティブな想いもなければ不安もありませんでした。
―お給料の面ではいかがでしたか。
工藤:年収は確かに減りましたが、自分への投資だと割り切ることができました。それに、なにより団体への共感が大きかったんです。この団体が半年でできた経緯について書いてある『郡山物語』という本を読んで、子どものために汗をかくという思いで団体に関わる大人たちに魅力を感じました。この人たちと一緒に仕事をしたいと。その魅力があったから、ハードルを感じることはなかったと思います。
“右腕“という立場だからこそ見つけられたもの。
―右腕の選考面談があったと思いますが、どんなことを話されましたか。
工藤:2度ほど面接がありました。2回目は理事長との面談でした。ちょうど理事長の講演会もあり、熱い気持ちを話されていたのが印象的でした。その場で採用をいただき、迷いなく行くことにしました。
―理事長とはどんなお話しをされたのでしょうか。
工藤:最初から、「1年後の私にとってプラスになることをやっていきたいね」と言ってくださいました。また、今 すぐやらなければいけない基盤の整備ではなく、団体に新しい価値を見出してほしいとも言っていただけました。それが私に求められていることであれば、1年は徹底的に自身の経験のために時間を使わせていただこうと思えましたし、遊び場や利用している親子のためにその価値を残していきたいと、心を新たにしました。
―実際に団体に来られた当初はいかがでしたか。気を付けたことはありましたか。
工藤:最初の1・2週間は、一緒に働く仲間たちのふところに入れるように意識しました。まず取り組んでみようと 思ったのは、受付での人数カウントを自動化することでした。それまでは手作業でやっていたのでミスが発生する可能性がありました。そこで自動化するために、QRコードで読み取るしくみを取り入れました。
―なるほど、現場にある課題を見つけるところから始められたのですね。
工藤:はい。最初は一歩引いたところから全体を見てほしいと言われていたのですが、それがよかったのかもしれません。いわば遊軍として参加したため、本業に忙殺されることなく現状の課題を見つけられたのかなと。
他にも、毎朝30分の朝活も始めました。現場の課題解決や、ちょっとした気づきから現場の改善をスタッフみずからが考えて実践する研修のようなものです。これは、現場のスタッフの方々が、自分の考えを相手に納得してもらったり、実際に行動に移す部分に少し課題があると感じたのがきっかけでした。自分の意見を相手に伝える経験を少しずつ積み、小さな成功体験を繰り返すことで自信をつけ、スタッフ自身で課題解決できる力をつけていけると考えました。
―毎朝、スタッフ間での話し合いの場をつくられたのですね。
工藤:はい。まず、3〜4人のチームで話し合いをしてもらいます。その間、私は話の交通整理を少しするくらいなのですが。人前で自分の意見を話せる場ができたことで、それぞれのスタッフに自分自身が変わっていく経験をしてもらえていると思っています。
自分がいなくなっても続く仕組みを作る。
―前職の頃と比べて、仕事へのマインド面で変わったことは何でしょうか。
工藤:何をするにしても、継続性を考えています。たとえば私がここにいなくなっても続けていけるよう、私だけが知っていることがなくなるよう、常に念頭において仕事をしています。
―企業の中では仕事が変わっても、引き継ぎができますからね。
工藤:はい。自分自身、仕事に対してのオーナーシップが強くなったと思います。
―「責任感」でしょうか。
工藤:「願望」なんだと思います。私がやっていきたいことは、何かしら利用者にとって価値があると思っていますし、誰かにとってハッピーになるはずですから、ぜひとも続けていきたい。だから、私がいなくなっても続けていけるよう、工夫をしています。
期限内にこなす働き方から、創造の価値を問い続ける働き方に。
―この9か月間で、ご自身の中での変化や発見はありましたか。
工藤:自分が思っていた以上に、社会に対して価値を残したい、社会がハッピーになることをやりたいと思うようになりました。また、そうしたことに対して頑張れる自分がいるということにも気づきました。これまではクライアントやエンドユーザーのためという気持ちはあったけれども、 社会全体に対して貢献したいという気持ちは弱かったかなと思います。影響力は小さいかもしれないけれど、社会のためになるんじゃないかと思えることが多くなりました。
東北に入って事業を始める人や、東京の企業と東北のスタートアップをつなぐソーシャルな活動をしている方々がたくさんいらっしゃいます。このようなつながりの世界があることにも驚きましたし、社会がハッピーになることをしたいなと思えるようになったことも発見でした。言い換えると、自分本位ではなくなりました。
―ご自身の中で、成長したと感じていることはありますか。
工藤:より外を見るようになりましたし、子育て中のママやパパにとって価値があることとは何かを、忍耐強く考えるようになりましたね。期間内にできることをこなすということではなく、今やっていることの価値は何か常に考えるようになりました。
―それはたとえば、どんなことでしょうか。
工藤:WEBサービスもよくプロダクトアウト的な発想になりがちだと思うんです。けれど、本当にここで妥協してもよいものなのか。テロップひとついれるにしても、それはほんとうに必要なものなのか。いま作っているもののバリューとは何かを、常に振り返るようになりました。
―なるほど、とても大切なことですね。
工藤:そう思います。作るならちゃんとしたものを作りたいし、押しつけになってはいけない。本当に価値があるものだけを作りたいと思っています。
―企業では売上や上司の価値観など、内的要因が大きいですよね。
工藤:原始的かもしれないですが、本来のマーケティング発想でものごとを考えられているんじゃないかなと思っています。
NPOでは「企業人」が活きる。
―起業家の右腕として働くということ、またNPOで働くということにおいて求められることは何でしょうか。
工藤:まわりで聞くところでは、NPO法人では専門的なスキルを求めていると思います。会計が強いとかプログラムが組めるとか、なんらかのスペシャリティが望まれているのかなと思います。
しかし、ここに来て思うのは、企業は常に現状のボトルネックを考えて仕事しているということです。特に、企業の中で改善に取り組んだ経験がある人は、NPOではとても重宝されるのではないか、ということです。
―さきほどおっしゃっていた、朝活のような事例での現場の改善もでしょうか。
工藤:はい。私が参加したての組織は、トップダウン型からボトムアップ型に変えようという空気感がありました。企業では当然のようにある、「自分の意見を言う」、「相手の意見を聞く」ということが少しできていないなと思ったんです。
ずっと同じ会社にいることだけがキャリアではない。
―右腕としての勤務は1月までになりますね。工藤さんがこれからやってみたいこと、積んでいきたいキャリアや夢について、教えてください。
工藤:1月以降、本業をどのような形で持つかということもありますが、現在制作中のWEBサービスにこれからもかかわり続けていたいと思っています。自分の能力や経験は活かせると思っているので。そして、新しい働き方も提示できるかなと思っています。
―それはどんな働き方でしょうか。
工藤:企業で働いて、1年ぐらい地方に行ってみて、戻ってもよいし、残っていもよい。もっと他のパラレルな働き方もあるかもしれない。そんな生き方があることを発信していければなと。ずっと同じ会社にいることだけがキャリアではないですよね。こんな新しい働き方が 普及していくと、多くの人がハッピーになると思うのです。
―新しい働き方のロールモデルですね。右腕の後の本業と、ソーシャル的な仕事を両立させることもお考えですか。
工藤:ソーシャルな活動でやることは、本業に活かせると思っています。同じように本業で得た経験も人脈も、ソーシャルの活動にフィードバックできる。どちらも本気で取り組める時間にわくわくしています。
―新しい何かが生まれそうですね。
工藤:生まないと、ですね。そのためには、もっと勉強しなければいけないと思っています。会計やシステムのこと、英語も。いまの自分に足りていないところも見つかりました。
「1年2年くらい、いいじゃないか」
―最後に、ソーシャルセクターを目指している人へメッセージをお願いいたします。
工藤:身構える必要はないと思います。友達には「どうせ死ぬんだから1年2年ぐらいいいじゃないか」と言っていますし(笑)。
私自身、右腕になる経験を通して、自分の価値を再発見できました。それまでは、そこそこ何でもできても結局器用貧乏なんじゃないかと思っていました。けれど外に出てみると、実はまわりにそういう人ってあまりいない。
―何でもできる人は、あまり自信を持てていないですよね。
工藤:さきほども話したように、企業で当たり前にやっていたことがソーシャルセクターで重宝がられると思います。企業で働いていたことが自体が価値なんです。だから1〜2年ぐらい、いいじゃないかと(笑)。
―工藤さん、今日はありがとうございました。これからのご活躍楽しみにしています。
●NPO法人郡山ペップ子育てネットワーク企画部長・菅家元志さんよりコメント●
当法人にとって工藤さんは、まさに「即戦力」の人材でした。ソーシャルベンチャー・NPOはリソース不足で常に悩まされている一方で、新規事業の立ち上げ はスピード感と仮説検証を高速で回すことが求められます。工藤さんは前職のリサーチャーとしてのノウハウを活かして頂き、事業計画作りに力を大いに発揮し てもらっています。また、担当して頂いている業務も細心の注意を払い丁寧に対応してもらえているので大変助かっています。
ETIC.右腕プログラムは、東北でチャレンジしたい方、ソーシャルセクターで働きたい方のエントリーをお待ちしています。
書き手・写真:須藤 淳彦